スクリーンショット 2015-12-20 19.47.21iseeNY.com (現在廃刊) 2006年掲載

思えばこれが転機だった:第一線で輝くアノ人のサクセス・ストーリー

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The Frederick Douglass Academy (フレデリック・ダグラス・アカデミー)日本語教師/学部主任

市田 麿州男(Mas Ichida)さん

プロフィール

1歳の時に両親と共に渡米し、ニューヨークで育つ。公立の進学校・スタイヴサント高校卒業後、ハーバード大学で社会学を学ぶ。97年に卒業し、その後シティカレッジ大学院で教育学を研究。ニューヨーク州の教員免許を取得した後、02年に公立の進学校・フレデリック・ダグラス・アカデミーにて数学の教師として採用される。04年より同校にて日本語の教鞭を執っている。


自分にとって大切なのは、ビジネスとかお金儲けじゃない。チャレンジができ、且つコミュニティに貢献できる仕事、それが教師です。

生徒の非行や教師不足などアメリカの公立校が抱える問題は山積みだ。日本のように教育レベルが一定でないこの国は、公立校からの大学進学率も低く、その結果、多くの貧困層は世代が代わってもそこから抜け出せないという悪循環が不動の社会構造となっている。

そんな中でも、ハーレムに未来の希望ともいえる1つの公立校がある。大学進学率100%、しかもアイビーリーグの合格者も輩出するなど、そのレベルは極めて高い。

今回紹介するのは、そこで教壇に立って4年になる市田麿州男さん。大学入学に有利となりやすいユニークな授業が設けられた同校で、日本人である彼に日本語教師としての白羽の矢が立って2年。アメリカで育ち、ハーバード大を卒業した秀才教師が抱く夢に迫る。

文中敬称略

昔から、教えることが好きだった

日本で生まれた市田麿州男が父親の仕事の関係でニューヨークに来たのは2歳になる直前だった。両親に「アメリカに来たのだから、英語を徹底して勉強しなさい」と育てられ、幼少の頃から英語の本を読みあさった。日本語の方は、一時帰国の際に友達とコミュニケーションをとりたいと、自主的に両親との会話や独学でマスターし、補習校に通うこともなく自然とバイリンガルになったという。

「昔住んでいたクイーンズには、中国人やインド人など、英語ができない移民の子がたくさんいました。当時から教えることが大好きだったので、率先して英語を教えてあげたものです。小学校では、終業時間が過ぎても熱心に教えてくれるような教師陣に恵まれ、今思えばそれもこの仕事が好きになる1つのきっかけになったのかもしれません」と子供時代を振り返る。

マイノリティとして育ち、今度は自分が助けてあげる番

公立の進学校として有名なスタイヴサント高校を経て、名門私立のハーバード大学に進んだ市田。誰もが羨むような高学歴を手にし、エリート街道まっしぐらの未来が待っていたはず。好きこそ物の上手なれとは言うけれど、有名大卒の秀才が様々な選択肢に見向きもせず、この道を選んだのはどういう経緯なのだろうか。

「僕自身、ニューヨークのマイノリティ社会の中で育ち、困っている人を沢山見てきました。自立した今、経済的な理由で充分な教育を受けられない人のために、今度は自分が何か手助けをしたいのです。僕にとって大切なものはビジネスとかお金儲けとかじゃなく、コミュニティに貢献でき、人ができないようなものにチャレンジすることなのです

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授業中の市田先生

辞めたいと思うことは多々あるけど、喜びや達成感がある限り辞められない

彼が現在日本語を教えている公立のフレデリック・ダグラス・アカデミーは進学校。とはいえども、相手はやはり難しい年頃のティーンネイジャーだ。さぞや目まぐるしい毎日なのだろうと容易に想像ができる。その中で、彼なりのチャレンジとは如何なるものか?

「生徒、特に1年目はみんなクレイジー(笑)。1秒でも目を離すとあっちでガヤガヤ、こっちでガヤガヤとなりますから、彼らの集中力を保つのがたいへん。どうやってやる気にさせるかを校長先生ともたまに話しますが、うちの学校は教師のやり方を尊重してくれるので、自分なりに教え方をあれこれと工夫しています。例えば、単語をおもしろい文章の中に散りばめることにより覚えさせたり、日本文化を教えながら言葉を学ばせたり。あとはエネルギーですね。こちらのエネルギーは自然に伝わるものだし、逆に生徒からのエネルギーもこちらに伝わってくる。クレイジーな生徒を前に辞めたいと思うことは多々あるけれど(笑)、日々の達成感があるから辞められないんです」

誰もが知るように、日本への理解が全米規模で広まる時代になったからこそ、ハーレムの公立校でも日本語の授業が導入されたのだと思いきや、実際にはまだ多くの人々が中国と日本の区別さえもつかないような状況なのだそう。しかし市田は言う。

「例えばそんな生徒でも、授業で日本の言葉や文化を学ぶうちに、日本への興味が湧き、将来日本に住みたいと言い出す生徒も少なくない。それが彼らに日本語を教える何よりの楽しみ」

アメリカ社会の中で育った市田が日本人として、教師として誇りに思う瞬間なのだろう。

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マイノリティに関する研究をこれからも続けたい

さて、彼はこれまで数度にわたる訪日プログラムを企画し、生徒と共に参加している。日本という国は、ハーレムの学生に、そして市田にどう映ったのだろうか。

「生徒には、自動販売機や電車などエレクトリックなものからそれこそコンビニに至るまで、見るもの全てが物珍しく映ったようで大ハシャギでした。僕は日本の教育についてよく知らないけれど、アメリカの教育は、自由で好きなように勉強できるところがいいですよね」

そう言う市田自身の勉強も、まだ終わったわけではない。

「将来はマイノリティに関する研究をし、博士号を修得したい。大学教授や移民弁護士など、様々な職業にも興味がある」と語る彼。どのような職業にせよ、彼が今後もこだわることは「地域に貢献でき、チャレンジできること」だという。エリート教師の夢はまだまだ、これからも続いていく。

(取材・写真/安部かすみ Kasumi Abe

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The Frederick Douglass Academy(フレデリック・ダグラス・アカデミー)

6年生から10年生まで全校生徒1200人が通う、ハーレムの公立学校。人種比率は黒人が90%、残りがスパニッシュ系。生徒の85%がハーレムに住み、その他はブロンクスやワシントンハイツなどから通う。今時珍しい制服が採用され、校長が毎朝校門に立つなど、生徒の規律が図られている。ちなみに同校では日本語教師を募集中。

(問)212-491-4107  |   2581 Adam Clayton Powell Jr. Blvd., New York, NY

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荒廃した学校を10年前に立て直し、現在のような進学校にした立役者グレゴリー・ホッジ校長先生に話を聞きました。

この学校の生徒の特徴は?

当校は公立だが、私立のようなユニークさがある。外国語授業の他にも、ロボットを作る授業や高等統計学など、公立では珍しい授業があり、生徒は私立並みのよりよい教育を受けられることや将来良い大学に入学できることを期待し、勉強に熱心に励んでいる。

毎日朝から晩まで、週末も休みなく働いていると聞きます。この仕事への情熱はどこからくるのですか?

子供の頃両親が他界し私はたいへん貧乏で、お金も着る物もなく、学校にも行けなかった。しかしある先生が「シャツが1枚しかないなら毎日洗濯して学校に来ればいい。お金がないなりに、手と頭を使って未来のことを考えなさい」と教えてくれた。それで大学に行くことを決め、大学では優秀な成績で卒業し、その後博士号も取った。世の中には不可能という文字はない。ブッシュ大統領だって、大学をかろうじて卒業したぐらいだから、未来の大統領がここの生徒から生まれるのも不可能な話ではないと思う。生徒には無限の未来が待っている。だから私は一生懸命教育に力を注いでいる。

市田先生について思うことは?

生徒の未来のために、たいへんよく働いてくれている。頭が良く、将来は弁護士でも何でもなれると思うが、今はこの学校でユニークなバックグラウンドや非凡の才能を生徒のために捧げてくれている。例えば、生徒を博物館や日本食レストランなどに連れて行き、日本語のみならず日本文化の理解を深めるように尽力したり、日系企業に協力を仰ぎ訪日プログラムを実現したりと、生徒と日本との橋渡しとしてもよく貢献してくれている。今後どのような道を進もうとも、このキャリアが彼の将来に活かされていくと信じている。


生徒に聞きました。「日本語を習うきっかけは?」

男子:「コンピュータ、電化製品、車、テクノロジーなど」

「ビデオゲーム」「アニメ」

女子:「就職に有利そう」

「ビジネスに役立つ」

「お金持ちの日本人と結婚したいから」と言う子も!

男子はイメージ先行、女子は現実主義が目立ちます。


市田流:サクセスの格言

一、お金儲けは二の次。チャレンジすることが大切

二、一生、勉強。学ぶことは尽きない

三、忍耐力を養い、創造力を活かす略歴


1歳の時に両親と共に渡米し、ニューヨークで育つ。

87年、公立の進学校・スタイヴサント高校(NY)卒業。

97年、ハーバード大学(Boston)の社会学部を卒業。

02年、ニューヨーク州の教員免許を取得し、ハーレムにある公立の進学校・フレデリック・ダグラス・アカデミー(NY)にて数学の教師として採用される。

04年より、同校の日本語教師となる。

05年、シティカレッジ大学院(NY)の教育学部を卒業。

トップCAP(本人と生徒)

「生徒からのエネルギーが日々の活力」だという市田さん。


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日本語を専攻している生徒は全校生徒の1割にあたる120人。日本語の授業は毎日ある。
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学習に使った書初めや漢字表などが壁一面に貼られ、一見日本の教室と見紛うほど。
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生徒は簡単な会話や漢字をマスターしている!
生徒からは「Mr.イチーダ」と呼ばれ、とても親しまれている。
生徒からは「Mr.イチーダ」と呼ばれ、とても親しまれている。
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